「僧侶になる」儀式を得度式という。浄土宗であれば、度牒を授かり、僧籍登録がある。寺の息子であれば、子ども時代に早々に済ませるが、在家出身者であれば、師僧が戒師となって授けなければならない。つまり、弟子を取るのである。
先日、大蓮寺本堂で、檀家のOさんの得度式を勤めた。私にとって4人目の弟子になる。これまでの弟子たちは30代と若かったが、Oさんは某新聞社を早期退職した56歳。「僧侶になりたい」と一念奮起して、佛教大学に入学、来年からは若い人に混じって実践道場に入行する予定である。
いちばん最初の面談の折、「お寺の住職になりたいのですか」と訊ねた。最初から「喰っていく」ための手段であれば、私が師僧となる必然はない。住職は職業かもしれないが、僧侶は「生き方」であり、両者は似ているが異なるものだ。
Oさんは、こう言うのである。
「私はこの歳まで独身です。90歳の母親とふたりで暮らしている。今は介護が日課だが、母が亡くなれば、ひとりぼっち。どうして生きていこうか、と考えるようになりました。記者の時代は生き馬の目を抜くような世界で生きてきましたから、できたら、ささやかでも、人様の役に立ちたいなと。取材でいろんなお坊さんに会いましたが、みなさん、自分より誰かのために熱心に生きていた。惹かれました。生き方の規準に仏教がある。そういう人生の道しるべとして仏教を学び、僧侶になって生きたいと思うようになりました」
檀家であるから、Oさんとのつきあいは古い。亡くなった父親も篤信の檀信徒であった。老母も熱心な念仏信者だから、そういう家庭に育った彼には自然な選択だったのかもしれない。
得度式の日、Oさんは剃髪したばかりの頭で、母親と姉夫婦を連れてやってきた。本堂内はごく簡単な設えであるが、灌頂、剃髪、袈裟授与、三帰三竟、日課授与など、儀軌に則り作法を勤めた。
儀式を進める折々に、私は戒師として、阿弥陀仏の慈悲を説いて、こんなふうに諭すのである。
「……道は何でもよいのです。学問、福祉、文化、あるいは家族生活に慈悲を見いだす人もたくさんいます。規模の大小を問うのではなく、どんなにささやかなものであっても、その一つ一つの願いに真摯に、誠実に、時に勇気をもって生きることを決意してほしいと思います」
かくして師弟の契りは結ばれた、といっても、実際の関係はこれからである。師僧の力量は措くが、Oさんの生き方への探求はまだまだ続く。50半ばにして大学で学び、修行を勤め、そしていずれ母を看取る。そういう人生の転機に臨んで、僧侶という生き方がどう振れるのか、私もそこに立ち会わなくてはならない。責任は大きい。そう思うのである。