母親になって、映画を撮る

(2014年06月06日 更新)

 小さな記事だったが、先のカンヌ映画祭のこんなニュースが印象に残った(日経6月4日)。派手なコンペではない。世界の学生監督の短編部門(世界の才能を発掘する姿勢に敬服する)にノミネート上映されたふたりの日本人女性監督、平柳敦子と早川千絵のことだ。いずれも30代後半、海外経験豊富な経歴だが、共通して2児の母親。育児しながら映画を撮っている。
 映画の内容はふれない。ちょっと感銘したのは、ふたりの転機が「母親」になったことだ。

「出産した日から、外の風景が変わった。もう自分は大切じゃない。そう思うと、急に解放され、自分に正直になれた」(平柳)
「20代だったら自意識が強過ぎてうまくいかなかったと思う。子育てをしたことで、他人を受け入れる範囲が広くなった。育児も映画作りも予定通りにいかない。でも、そこを乗り越えられるかが大事」(早川)

 別に家族愛の映画を撮りたいわけではないだろう。ひとりで小説に挑戦するという選択もある。しかし、「母性」が映画の作家性を革命的に覚醒させたのだとしたら、それは僥倖ではないか。
 巷では「子育て支援」という文脈が横溢する。つまり、「子育て=社会の負荷」というネガティブな通念が広がりつつあるということだ。それを軽々と(見えない苦労はもちろんあるだろが)越境しているふたりがすてきだし、その才能を発見したのがカンヌだというのもさすがだ、と思う。