習慣は思いの現れ。お盆をさせてもらっているよろこび

(2023年07月25日 更新)

スタイリストの伊藤まさこさんの「する、しない」という本は、毎日の習慣を、する・しないにわ分けた内容です。例えば「する」のは「出したらしまう」「返事は即座に」「人の意見を聞く」「ゴミ箱を深呼吸する」、「しない」は、「ため込まない」「人と比べない」「噂話をしない」「スマホをなるべく見ない」等々です。
「自分をよく見る」では、内面磨きだけでなく「歳を重ねるごとに身だしなみはきちんとしよう」と、拡大鏡を使った顔の点検を勧めています。よく見たら、自分の顔も毛穴やムダ毛や肌の荒れやら、すごいことになっているかもしれません。幾つになっても人前では、たしなみは必要です。
習慣というのは、いわばその人の思いの現れでもあります。歳だから関係ないから、と手放すのではなく、改めて暮らしを点検してみてはどうかと筆者は勧めてくれます。

お盆もまた、日本人にとって最大の心の習慣です。休みや帰省もいいですが、肝心なのは、ご先祖様に報恩の誠を捧げることであり、その真髄が、様々な伝統となって受け継がれてきました。
時間がない、よくわからない、必要がないからと、お盆をしない理由もあるでしょう。目の前の関心や楽しみが優先されると、これまで積み重ねられてきた伝統や習慣は後回しにされてしまいがちです。暮らしはだんだんと、自己中心的になりつつあります。
なぜお盆をするのか、あえて言葉にすれば、他者への配慮、先人への感謝、つながりへの気づき等、いろいろ訳は挙げられまが、理由があるから「する」訳ではないでしょう。代々それが受け継がれ、我が家の伝統となっているから、当たり前にそれを「する」のです。習慣に理由はいらないのです。
いえ、「する・しない」はこちらの事情です。私たちはご先祖さまによって、お盆を「させてもらっている」のかと思います。ありがたいことです。