withコロナ時代、「内なる時間」を大切に。

(2021年01月01日 更新)

あけましておめでとうございます。今年もこちらのブログ、よろしくご愛読ください。

昨年の秋頃ですが、熱心なお檀家さんからご先祖様の二百回忌のお勤めをご依頼されました。江戸時代の先祖様です。こういう時代だから、遠いご先祖様もきちんとご供養したい。そういう要請でした。軽い感動と感銘を覚えました。

さて、私たちには2つのタイプの時間があると言われています。

一つは時計の時間です。過去から未来へ一方向に規則正しく流れる時間は、客観的であり正確です。「外なる時間」は外に規定される世界標準の時間でもあります。もう一つは「内なる時間」。こちらは自分の内部に仕込まれた独自の時間感覚であり、人それぞれ感じ方が違います。失礼ながら、顔もわからない二百年前の先祖を供養するという感覚こそ、この「内なる時間」の発現といえるでしょう。

忙しい毎日です。ネットやスマホなど通信技術は格段に便利に高速になったのに、ますます多忙を極め、一方で生きづらく、孤立感を抱える人も少なくありません。時計の時間が立ち止まることを許さず、前へ前へと押し進めているという感じでしょうか。皆イライラして、他者に対し不寛容になっている。コロナになってから、その加速感はいっそう増しているように思います。どこかで、時間のバランスが必要なのではないでしょうか。

たとえば読書などは手軽にできる「内なる時間」行為です。一人で没頭できる身近な趣味もそうかもしれない。ですが、それは単独の時間であって、親しい人(亡くなった方も含めて)と共有したり、交感しあうことはできない。やはり「内なる時間」を豊かに蓄積してきたのはお寺であり、またご先祖様の他にありません。200年経とうが、今もゆったりと保たれているつながりの感覚は、現在の縮こまった日常時間を少しだけ緩和してくれるのではないでしょうか。

3月にはワクチン接種も始まるようです。徐々に日常を取り戻しながら、まだしばらく続くであろうwithコロナの時代を、「内なる時間」も大切にしながら、元気に過ごしていきたいものです。