お念仏とウェルビーイング。だからお寺参りはやめられない。

(2026年10月20日 更新)

今年の秋のお彼岸も、百名を超える皆さまにお参りいただき、境内は大いに賑わいました。何より嬉しかったのは、お参りの人数だけでなく、檀家のみなさん同士の交流が、年々活発になっていることです。久しぶりに顔を合わせて近況を語り合う方、 親しげに声を掛け合う方。ご先祖さまへの感謝の思いをともにするみなさんの間には、互いを敬愛する気持ちが育まれているように感じます。 お寺が、 仏さまを拝む場所であると同時に、人と人とが温かくつながる場所になっていることを、ありがたく思いました。

本堂での法要も、充実した時間でした。声を合わせてお経を読み、お念仏をお称えする。今回はいつもより少し長めにお念仏の時間を設けましたが、堂内に響き渡る「南無阿弥陀仏」の声には、一人で称えるときとはまた違った、励まされるような心強さがあります。

最近、東京都健康長寿医療センターと浄土宗総合研究所などによる 「お念仏と健康法」研究成果が発表されました。高齢者が寺院で定期的に読経する活動に参加したところ、呼吸や嚥下に関わる一部の機能に改善が見られたというのです(朝日新聞)。 高齢になると、 食べ物や唾液が誤って気管に入ることで肺炎を起こす危険が高まります。 その予防に喉の機能を保つことが大切ですが、声をそろえてお経を読み、 お念仏を称えることは、信仰の姿であると同時に、 健康の面からも理にかなった習慣となっているのです。 さらに、お寺参りにはしばしば男性お一人のお参りも少なくないという重要な側面があります。実は、国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、一人暮らしの高齢男性の15% は、 人と会話する機会が2週間に1回以下しかないそうで、これは女性の約3倍にあたり、男性の孤立しやすさがうかがえます。

だからこそ、定期的に出かける場所があり、顔なじみの人がいて、互いに声を掛け合えることには、大きな意味があるといえます。お寺はご先祖さまをご供養する場所であるとともに、 人と人がつながり、 暮らしに張り合いを取り戻す場所でもあるのでしょう。お念仏を終えた皆さまのお顔は、いつもどこか清々しく見えます。 ご先祖さまを拝み、友と語らい、美味しいお弁当をいただく。最近は若住職夫婦の影響でしょうか、阪神タイガースの話題まで花開き、笑い声が絶えません。

先ほどの読経の研究では、幸福感や心身の良好な状態を表す「ウェルビーイング」の指標にも改善が見られたそうです。 健康とは、単に病気がないことではなく、人とのつながりの中で、心豊かに生きることでもあるのでしょう。
もちろん、お念仏は健康になるための体操ではありません。 阿弥陀さまのお慈悲を仰ぎ、感謝だり込めてお称えする、尊い信心の営みです。 しかし、そのお念仏が人を結び、 心を和ませ、健やかな暮らしにもつながっているとすれば、これほどありがたいことはありません。 だから、 お寺参りはやめられない、のです。

参考 https://www.tmig.or.jp/research/news/nid00001309.html
https://jodo.or.jp/newspaper/news/19886/