自分を語る。人生を語り直す。――お寺という場の力

(2026年09月02日 更新)

ある日、「ホームページを見ました」と、一人の男性が葬儀の相談に来山された。初対面の緊張もあったのだろう。表情は硬く、どこか深刻なものをたたえておられた。70代半ば、本業は医師だという。

伴侶が癌で闘病中であること。治療を続けながら懸命に命をつないでいるものの、残念ながら完治は難しいこと。そして夫として、その先にある葬儀やお墓のことも考えておかなければならないこと。医師として、これまで多くの生死に向き合ってこられた方である。それでも、最愛の人の死を考えることは、まったく別の重さをもつのであろう。

そんな葬儀の相談から始まった話が、時間が過ぎるうちにいつしかご自身の人生へと移っていった。子どもの頃、故郷のお寺によく通い、和尚さんからさまざまなことを教わったこと。中高一貫校で過ごした楽しい日々。なかでも野営を伴う野外訓練は、胸が躍るほど勇ましく、楽しかったこと。一つの記憶が次の記憶を呼び起こすように、少年時代の情景が次々と語られていった。

私は相づちを打ちながら、ただ聞いていただけである。けれども不思議なことに、話が進むにつれて、来られたときの沈んだ面持ちは少しずつ消えていった。声にも弾みが生まれ、いつしか目の前にいるのは、病む妻を案じる夫でも、多くの命を診てきた医師でもなく、故郷を懐かしみ、少年時代を楽しそうに語る一人の人間の姿であった。

「自分を語る」ということには、人を支える力がある。あらためて、そう感じた。

その方が格別に話し上手だったからではない。むしろ、そうした語りを自然に促したものの一つが、「お寺」という場所だったのではないかと思う。まさに寺の力である。

私たちは日常の中で、さまざまな役割を生きている。医師であること。夫であること。父であること。仕事人であること。社会の中で生きる以上、役割を引き受けることは必要である。しかし、ときに私たちは、その役割そのものが自分であるかのように思い込んでしまう。

仏教は、そうした固定された「自分」への執着から離れることを説いてきた。

肩書も、地位も、仕事も、そして身体さえも、永遠に変わらないものではない。私たちは、多くの人との縁に支えられ、出会いと別れを繰り返しながら、今ここに生かされている。

だからこそ、お寺では「何者かである自分」から、しばし離れることができるのではないか。

何かの役に立つ自分でなくてもよい。立派なことを語らなくてもよい。答えを出さなくてもよい。

懐かしかったこと、うれしかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと。人生の中に積み重なったさまざまな記憶を、一人の人間として語ることができる。役割から少し解かれたとき、心の奥にしまわれていた記憶が、思いがけないほど鮮やかによみがえってくることがある。

私は永代供養墓を求める方々からたくさんの「自分語り」を聞いてきた。メディアで取り上げられる葬儀やお墓はお金や制度の話に陥るが、特に日本人にとって葬送とは本来そうした「人生を語り直す場」なのだと思う。

死は、誰にも避けることができない。しかし、死を見つめることは、単に人生の終わりを考えることではない。限りがあるからこそ、「私はどのように生きてきたのか」「誰と出会い、誰に支えられてきたのか」を振り返ることにもつながる。これまでお寺で出会った多くの方々の、思い出、追慕、惜別、悲嘆の言葉を思い返しても、そこにはいつも、その人にしか語ることのできない人生があった。

お寺は、その人生を評価する場所ではない。成功したか、失敗したかを裁く場所でもない。

むしろ、喜びも悲しみも、成し遂げたことも成し遂げられなかったことも含めて、一つの人生を、そのまま受け止め直す場所なのではないか。

別れ際、その方と一緒に本堂へ上がった。仏さまの前で回向をし、奥様のご健康と、これからの日々が少しでも心安らかなものであることを祈った。帰り際、その方は来られたときとはずいぶん違う、晴れやかな表情をされていた。「また伺います」。そう言って帰っていかれた。

もちろん、奥様の病がなくなったわけではない。これから訪れるかもしれない別れの悲しみが消えたわけでもない。人生の重荷そのものが、何か一つ解決したわけでもない。しかし、宗教とは、すべての問題を解決するためにあるのではない。解決できないものを抱えながら、それでも生きていく。その人の傍らに場所をつくること「自分自身」に、もう一度出会えること。

それもまた、現代のお寺が持つ、大切な力の一つなのである。