〈映画評〉映画「ハクソー・リッジ」

メル・ギブソンといえば、アクション映画の大スターだが、加えて優れた映画監督として知られる。イエスの受難を描いた「パッション」をはじめ「ブレーブハート」「アポカリプト」など、いずれの作品にもキリスト教的モチーフが濃厚に投影されているのが特色だ。10年ぶりの監督作品「ハクソー・リッジ」も凄絶な戦争映画でありながら、主人公の信仰と戦場の葛藤を描いている。単なるスーパーヒーローものとは違う。
 
第2次世界大戦の沖縄戦で、75人の命を救った米軍衛生兵デズモンド・ドスの実話の映画化だ。軍隊に入隊するも自己の宗教的信念を貫こうとして周りから疎まれ迫害され、ついには軍法会議にかけられる羽目に。何とか許され、仲間とともに最後の激戦地・沖縄戦に衛生兵として参加するが、彼らが向かった断崖絶壁(ハクソー・リッジ)は両軍が死力を尽くす地獄の戦場であった…。
 
後半の残虐この上もない戦闘シーンに目を奪われるが、もっとも興味深いのは、ドスの強固な信仰心である。彼の一家はプロテスタントの中でも聖書の教えに厳格なセブンスデー・アドベンチスト教会を信奉する。「汝殺すなかれ」を自身の強い信念として、ドスは一切の武器を手にしない。神の声を聞いた彼は、丸腰のまま戦火に飛び込み、敵味方隔てなく、傷ついた兵隊を救出するのだ。その行動は軍人ではなく、もはや殉教を覚悟した聖人に近い。ラスト近く、負傷した彼が担架のまま空中を運ばれていくシーンは、キリストの復活を連想させる。
 
「この映画は信仰の自由に関する難解なパズルだ」とメル・ギブソン監督。彼自身は、熱心なカトリック教徒というが、こういう宗教観にあふれた映画を戦争アクションに仕立ててしまうところが、宗教大国アメリカらしい。

最後に一言。沖縄戦が舞台であることは、映画の前宣伝には巧妙に隠されていたらしい。配給会社によると、その理由は「沖縄の方の心情を配慮した」というが本当か。過剰な自主規制でなければよいのだが。

(2016年 米豪合作)