シリーズ:おてら宗活塾

おてら宗活塾 第3回「仏教を学べば、やさしくなれるの?」

( 2019年05月16日 更新 )

日本語で「死生観」と言うように、生と死は表裏一体のものです。いかに死を迎えるかを考え、実践する終活は、いかに生きるかを考え、実践することと切り離せません。

この、おてら「宗活」塾は、應典院・終活プロジェクトの一環として、仏教の立場から生きること・死ぬことの「宗」=「おおもと、根本」を学んでいただく場としてひらくものです。浄土仏教をはじめとするおしえから、私たちがいかに今を生き切り、死ぬことができるのか。そのヒントを学び、後半はお茶を飲みながら皆で語り合います。

第3回は、秋田光軌(應典院主幹)に加え、今回からもう一人の講師として釋大智さん(浄土真宗本願寺派如来寺副住職)にもご参加いただき、「仏教を学べば、やさしくなれるの?」と題してお話しいただきます。

●第3回概要●
日時:4月13日(土)14時~15時半
会場:浄土宗應典院1階 研修室B
参加費:一般 500円、ともいきの会会員 無料、應典院寺町倶楽部会員 無料
ゲスト:秋田光軌(浄土宗大蓮寺副住職、應典院主幹、彼岸寺連載「演じる仏教」執筆者)
釋大智(浄土真宗本願寺派如来寺副住職)
テーマ:『仏教を学べば、やさしくなれるの?~三毒煩悩からの解放、ってほんまか。』
申し込み:https://docs.google.com/forms/d/1A6bmRZqElYZ_UZubBb6KVpF75y_Fjd4gNDuj0yI3nv4/edit(定員先着30名)

 

仏教では真理を見通す「智慧」と、他者に対する「慈悲」の心を持つようにと説かれます。一般に「かしこさ」と「やさしさ」に相当するものと言われますが、とりわけ「大乗仏教」と呼ばれる仏教の運動が起こった際には、あえて悟りをひらかずにこの世にとどまり、他者を救うべく慈悲の実践を行う「菩薩」たちが登場しました。慈悲とは、一体どのような種類の「やさしさ」なのでしょうか?お釈迦さまの教えと大乗仏教のちがいや共通点を確認しながら、慈悲から読み解く「やさしさ」について一緒に学んでみましょう。

「慈悲」って?

現代でも「やさしさ」に近い意味で日常的に使われるが、もともとは仏教用語である。
「慈」には全ての人の幸福を願う意、「悲」には全ての人の苦しみを取り除くことを願う意がある。
慈悲とは、決して他者への執着ではなく、自分の思いが先走った優しさの押しつけとも違う。
つまり、好き嫌いなしに全ての他者に向けて行う「抜苦与楽」の実践こそが、慈悲の目指すところだと言える。
とはいえ、親しい人とそうでない人を同じように扱えない私たち人間にとって、こうした慈悲の実践は最も困難なことでもある。

「大乗仏教」って?

ブッダ入滅から500年ほどが経った頃、紀元前後のインドで起こった仏教の新しい運動であり、後に中国や日本などにも展開していく仏教の総称。それまでの仏教は自らが悟りを開くことを第一に目指していたが、大乗仏教では他者の救済を目的として位置付け、この教えこそより多くの人を救う「大きな乗り物」であるとした。また、ブッダは過去や未来、そして現在にも無数に存在するとして、西方極楽浄土の阿弥陀如来や東方浄瑠璃浄土の薬師如来をはじめとする様々な仏が誕生し、信仰されるようになった。

講師プロフィール

●秋田光軌(浄土宗應典院主幹、浄土宗大蓮寺副住職)
大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了(臨床哲学)。仏教のおしえを伝えながら、死生への問いを探求する場づくりに取り組んでいる。
●釋大智(浄土真宗本願寺派如来寺副住職)
龍谷大学博士課程修了。同大学研究生として親鸞思想を中心に研究をすすめる。認知症高齢者のためのグループホーム「むつみ庵」や、現代版の寺子屋とも言える「練心庵」の運営に携わる。専門は真宗学だが、倫理や哲学、宗教者の社会実践などにも関心がある。