〈映画評〉個人のスピリチュアルが世界を救う。映画「メッセージ」

派手な宇宙戦もエイリアン来襲も一切ない。映画「メッセージ」は、SF映画の概念を覆す。静謐で思索にあふれた、本年屈指の傑作である。

物語のアウトラインはこうだ。地球のあちこちに謎の宇宙船が降り立ち、世界中が不安と混乱に襲われる。優れた言語学者ルイーズは軍から要請を受け、宇宙船内部に乗り込んでコンタクトすることに。ふたりの異星人が用いる特異な文字を読み解くうちに、彼女の中に予知夢のように未来の出来事がフラッシュしてくる。やがて彼らが人類に向けたメッセージが判明するが、同じ頃、中国軍が宇宙船攻撃を命じようとしていた…。

すわ世界戦争かのような状況を描きながら、映画の主軸は一貫してルイーズの内面の変化に置かれている。個人のスピリチュアリティが、世界を救済する物語といってもいい。
 
「時間」が重要なテーマとなっている。異星人の不思議な表義文字(恐らく禅画がヒントとなっているのではないか)を解読していくうちに、彼女の時間の概念は変容して、現在の合間に未来のヴィジョンが入り込む。リアルタイムに進む異星人との邂逅より、これから生じる彼女の結婚と破局、娘の病死など、「その後の人生」が同時的に起きていくのだ。時間を実体としてあつかわず、存在するものの変容として考える仏教の時間論を見るようだ。
 
家族との別離という結末を知りながら、ルイーズは人生を選択する。不幸を回避するのではなく、運命を受け入れるのである。ラスト近く、「これから起こり得ることを全部知っていたらどうする?」という問いかけに、彼女はこう答えるのだ。「その時に感じた気持ちのありようをもっと大切にする」。これが、本作のメッセージなのだろう。
 
今もっとも注目される映画監督のひとりであるドゥニ・ヴィルヌーヴは、こう述べている。「死、そして命をより理解することでぼくらはより謙虚になれる」。そして「いま人類に必要なものがそれだ」と。
 
今年のアカデミー賞の音響編集賞を受賞した。そのつもりで、微細な効果音の妙味を聴き込んでほしい。これもすばらしい。2016年、米国映画。

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大蓮寺住職、應典院代表

秋田 光彦

1955年大阪市生まれ。

明治大学文学部演劇学科卒業後、東京の情報誌「ぴあ」に入社し、主に映画祭の企画・宣伝を担当。退社後、映画制作会社を設立、1997年に劇場型寺院應典院を再建。

以後10数年間にわたって、市民、コミュニティ、地域資源のあり方を具体的に提案し、実践し、市民活動や若者の芸術活動を支援してきた。また、人生の末期を支援するエンディングサポートをNPOと協働して取り組むなど、「協働」と「対話」の新しい地域教育にかかわる。パドマ幼稚園園長、総合幼児教育研究会代表理事、相愛大学客員教授など兼務。まちづくりからコミュニティシネマまで活動範囲は幅広い。