なにわの名刹・浄土宗大蓮寺は、大阪の都心の寺町に位置しています。開創以来、450年もの時間を刻んできた都心の聖地は、塔頭・應典院、関連のパドマ幼稚園や創教出版とともに現代に生きるお寺としてよく知られています。
 800坪の墓地は市内屈指の広大なもので、背後には生玉の森と石垣が横たわり、都心にいることを忘れさせます。江戸時代の有名な学人、石田梅巌や根来誠斎の墓碑、名門天王寺高校の開校の碑、最近ではお笑いの吉本の無名芸人の塚など、歴史を彩ったさまざまな先人が静かに眠っています。
 この墓地の東の高台は、古代の難波津として、遣唐使が行き交った歴史のロマン漂う場所、そして、文豪谷崎潤一郎が名作「春琴抄」を書くために訪れたといわれる場所でもあります。その歴史と文学の香り高い聖地に、平成14年夏、大蓮寺の生前個人墓「自然」が建立されました。



大蓮寺山門

 お墓を建てたいがあとを委ねる家族がいない。あるいは子どもがいても、後々負担をかけたくない。お墓の守り手に困る一方で、交通と情報の発達はますます暮らしの領域を広げ、ひとつの土地で家が長く続くことも難しくなってきました。
 家族の変化や個人の考え方の多様化に対応した、新しいお墓「自然」は、ご当人に万一承継者がなくても、あるいはいなくなったとしても、大蓮寺が責任をもって永代にわたり供養、管理してまいります。また、インターネットを駆使したエンディングサポートは、人生の完成期を安心して迎えることのできる、画期的ないのちのサービス情報を提供します。
 「自然」はけっして「無縁墓」でも「合祀墓」でもありません。ここは家族や血縁を超えて人々が集い、わが人生、わがいのちをともに語り合う、さわやかな生前交流の場でもあるのです。

 生前に個人が自分で決める生前個人墓は、同時に生前交流の場であり、もうひとつのコミュニティとなります。誰も終の棲家には、お金も名誉も持って行くことはできません。俗世の価値を取り除き、ひとりの人間として向き合うことのすがすがしさ。お墓が生前に決められたからこそ、同じ仲間どうし気遣いのない、支えあいの関係が生まれます。
 当山の生前個人墓「自然」では、春と秋彼岸、夏の盆と年3回の合同供養会を開催、できるだけ会員が顔を合わせ、お勤めと法話で半日を過ごします。また、大蓮寺の年中行事や塔頭・應典院のさまざまな講演会や交流会にも参加することができます。いろいろな場を通して、心の友と出会い、互いが信頼できる関係を結んでいきましょう。



應典院の2階から
大蓮寺墓地をのぞむ

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