緑につつまれた大蓮寺の墓地

大蓮寺の墓地は約800坪の市内随一の広さ。背後に生国魂の森と勇壮な石垣が迫り、その静けさは都心にいることを忘れるほどです。

近世の心学の祖石田梅岩と門弟、寺子屋で高名な根来誠齋、また戦争で破壊されましたが、一世を風靡した女義太夫豊竹呂昇もこの地に眠っています。昭和初期、文豪谷崎潤一郎が当山を訪れ、名作「春琴抄」の冒頭に描いたエピソードもあります。

また、墓地西入り口には、格別のご縁により、平成5年に国連ボランティアとしてカンボジアPKO活動中に殉職した中田厚仁氏の墓碑が、同年秋には、吉本興行創業者吉本せいの遺児にあたる辻阪邦子氏の発起により、無名芸人を偲ぶモニュメント「吉本芸人塚」が建立されました。

現代のお墓ともいえる生前個人墓「自然(じねん)」と、永代供養総墓「共命(ぐみょう)」も完成、都心の聖地として季節毎のお参りが絶えません。

西に應典院、東に生魂の森に囲まれた、都会の聖地。
墓地入り口の吉本芸人塚。無名芸人を偲ぶ語らいの場。
根来誠斎は江戸時代の寺子屋の祖。門人による記念碑。
石門文学の開祖。石田梅岩と門弟手島堵庵の墓。
應典院2階ロビーから大蓮寺墓地を望む。向こうは生魂の森。
生前個人墓「自然」。
鬱蒼とした緑に囲まれた大蓮寺の墓地