〈映画評〉死者と生者の共生を描く。映画「岸辺の旅」。

奇妙な物語である。先立った夫は死者であるが、生きている妻と一緒に電車にも乗るし、食事もする。ファンタジーのとようだが、生活や暮らしはきっちりと描かれる(ラブシーンもある)。それが何の違和感もなく受け入れられるのは、夫婦という存在がそもそも互いの生死を含み込んでいるからだろう。黒沢清監督の映画「岸辺の旅」は、生者は死者と共存していることを描いて秀逸である。

夫は3年前に失踪して死んでいるのだが、ある晩ふいに妻のもとに戻って来て、「俺、死んだよ」と告げる。「一緒に来ないか、きれいな場所があるんだ」と夫に誘われるまま、妻は死者とともに旅にでる。それは夫が失踪からの3年間、お世話になった人々を訪ねていく旅路だった……。

死者である夫が生前の姿のまま、思い出の人々と交流するシーンが続くが、そこには生と死の境目がない。なつかしい人もじつは死者であったり、生者であったりするので、生死が混在した時空に最初はやや戸惑うかもしれないが、これは未練がましい幽霊譚ではない。生者の世界に死者は共存していて、死者を視ることで生者は何かを快復していくという親和的なまなざしがあふれている。

夫婦だけではない。訪ねる先の人々がみな生と死が交錯する世界に身を置いている。ここにいない誰かへの焦がれ、未練、懺悔など、それは映画の中だけではない、死者を意識しないではいられないすべての人に共通する思いでもある。

タイトルは文字通り、彼岸を意味するのだろう。いや、彼岸と此岸が隣接した世界に、本当の愛はあるのだと言いたげだ。あまりに映画的な好篇。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞受賞作。2015。日仏合作。 

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大蓮寺住職、應典院代表

秋田 光彦

1955年大阪市生まれ。

明治大学文学部演劇学科卒業後、東京の情報誌「ぴあ」に入社し、主に映画祭の企画・宣伝を担当。退社後、映画制作会社を設立、1997年に劇場型寺院應典院を再建。

以後10数年間にわたって、市民、コミュニティ、地域資源のあり方を具体的に提案し、実践し、市民活動や若者の芸術活動を支援してきた。また、人生の末期を支援するエンディングサポートをNPOと協働して取り組むなど、「協働」と「対話」の新しい地域教育にかかわる。パドマ幼稚園園長、総合幼児教育研究会代表理事、相愛大学客員教授など兼務。まちづくりからコミュニティシネマまで活動範囲は幅広い。