〈映画評〉「2つ目の窓」

日本の伝統的な共同体には、生者のみならず「自然と死者」を含んでいる。哲学者の内山節の言葉だが、それを強烈に想起させるのが、河瀬直美監督の「2つ目の窓」だ。

舞台は穢れなき神の島、奄美大島。16歳のふたりの男女高校生が主人公だ。女子の母親は、ユタ神と島の人々から慕われる存在だが、難病で余命幾ばくもない。母子家庭に育った男子は、恋人のいる母親を嫌悪している。映画の冒頭、海から浮かぶ水死体は、その恋人らしい。否応なく死と向き合わざるを得ない子どもたち。その生と死を、海と森の神々が大きく見守っている……。

「自然と人間の共生」などと謳われるとげんなりしてしまうが、この映画の中軸は原始的な日本人の死生観である。死の床にある母親もそうだが、ヤギの屠殺、乱開発される森、また海中を遊泳する素裸のふたりなど、自然の中で生死が一体となるありさまが見事な映像で描き出される。若過ぎるふたりのセックスも、そこでこそ育まれる儀礼として欠かせないものなのかもしれない。

タイトルの「2つ目」とは、生と死の境界をつなぐ、自然の媒介を言うのだろう。自然は黙したまま、また神も命も死者も語ることはない。だから、かつての日本人は自然を畏怖し、数々の宗教儀礼を生み出して、共生を図ろうとしたのではないか。「自然崇拝」の本当の意味を、われわれは忘れている。

内山はこうも言っている。「自然とのかかわりが希薄になることで、人は次第に身体性を失うとともに、森や海から刷り込まれていたはずの智慧や畏怖を忘れていく」。

宗教者の姿はひとつも現れてこないが、近年これほど宗教観にあふれた映画を知らない。2014年。日仏西合作。

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大蓮寺住職、應典院代表

秋田 光彦

1955年大阪市生まれ。

明治大学文学部演劇学科卒業後、東京の情報誌「ぴあ」に入社し、主に映画祭の企画・宣伝を担当。退社後、映画制作会社を設立、1997年に劇場型寺院應典院を再建。

以後10数年間にわたって、市民、コミュニティ、地域資源のあり方を具体的に提案し、実践し、市民活動や若者の芸術活動を支援してきた。また、人生の末期を支援するエンディングサポートをNPOと協働して取り組むなど、「協働」と「対話」の新しい地域教育にかかわる。パドマ幼稚園園長、総合幼児教育研究会代表理事、相愛大学客員教授など兼務。まちづくりからコミュニティシネマまで活動範囲は幅広い。